210
これは自慢なのだけれど
歌舞伎界広しと言えども、僕程に奴を年がら年中演じている役者も居ないだろう
「仮名手本忠臣蔵」の寺岡平右衛門は何度も演じて来たし、色奴に至りては今年だけでも二月の「青砥稿花紅彩画」の南郷力丸
六月の「倭仮名在原系図」の奴蘭平実は伴義雄
そして、来月の歌舞伎座での歌舞伎興行の昼の部「鬼一法眼三略巻」の奴智恵内実は吉岡鬼三太
いい加減「ネイネイ」と云う奴独特の台詞廻しが普段の口癖にまでもなりそうな「どんだけ下郎根性なんだ」って勢いだが、色奴の扮装は好きなので、実に気がいい
今まで僕は新聞や雑誌、TV等、どの媒体のインタヴューでも「好きな役、これから演じてみたい役は有るか」と云う質問には大体、口を閉ざして極力、濁して答えない様にして来た
それは何故か
役との縁は自分の地力以外は、タイミングと相性が全てだからだ
幾ら、自分が好きな役、演りたい役であっても、タイミングと相性が合わなければ一生、関わる事が無い場合が有る
逆に言えば、あまり自分の好みではない役、極端な話だと嫌いな役でも縁深ければ何度も演じて行く事になる例しも有る
これを僕は「時期が来れば役の方からこちらに寄って来る」と表現している
つまり「時期が来なければ寄って来ない事も有る」と云う話だ
また、僕の場合、大っぴらに興味の有る役を口にすると、どうしてかそれへの道筋が捻曲がり、近々に他の同輩、後輩が演じる姿を見る羽目になり、辿り着けるべき筈だった物が遠退き、或いは永遠に閉ざされる事も
話を戻そう
来月の智恵内、これは今まで好きな役、演じたい役と云う物を頑なに口にしなかった僕が、是非とも演りたいと子供の頃から願って来た役
演りたくて演りたくて、ずっと一人脳内で演り続けてた役だから今回、初めて演じるに当たって、新たに覚え始める必要は全く無かった
遥か昔、国立劇場での歌舞伎興行、通し狂言「鬼一法眼三略巻」を市村羽左衛門の小父さんの吉岡鬼一法眼、中村雀右衛門の叔父さんの常磐御前、尾上菊五郎の兄さんの奴虎蔵実は源牛若丸と一條大蔵長成、市川左團次の兄さんの八剣勘解由、坂東彦三郎の兄さんの笠原淡海、中村芝雀兄さんの皆鶴姫、市村萬次郎の兄さんの鳴瀬、澤村田之助兄さんのお京、そして父の智恵内と吉岡鬼次郎幸胤と云う奇跡の配役で観て以来、この芝居では智恵内、鬼次郎の二役以外、目に入らなくなっていた
あの時、父のメンタル、体調、共に既に下り坂
いや、絶不調でボロボロだったと言ってもおかしくない、最悪に近い状態ではあったが、あの鮮やかでありながらも何処かに闇と険を匂わせる凄絶な色奴振りを忘れる事は出来ない
劇場の入り口に飾られた「菊畑」に因んだ菊人形まで鮮明に覚えている
来月は秀山祭と云う播磨屋さん系統の興行では有るが、「菊畑」は我が音羽屋系統にとっても所縁有る演し物
改めて菊五郎の兄さんに伺って、父と同様に黒の衣裳ではなく音羽屋型の納戸色の繻子奴で勤める
智恵内は茶目っ気と色気、派手さと軽妙さ、そして智の深さを体内に同居させなければいけない大人の役
余裕の有る男の風情が少しでも自然に滲み出ればいいな
そして、「いつかは父の様に通し狂言で智恵内、鬼次郎の兄弟二人を一人で演じ分ける役者になりたい」と云うのが、実は僕の役者人生に於ける幾つかの目標の中の一つに入っている
また、夜の部では「曽我綉侠御所染」にて星影土右衛門を演じる
これは二度目で、前回の時に左團次の兄さんに教わり、御所五郎蔵役の中村梅玉兄さんと皐月役の芝雀兄さん達に助けて頂きながら演じたのだが、掴み所無く難しい、演れば演る程に面白味が出て来る役であった記憶が有る
初役の時よりも得体の知れない深みを醸し出したいと思う
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昨日は思わぬ再会に狂喜乱舞してしまった
前回の日記にも書いた通り、昨日は国立劇場大劇場の藤三会にて清元「遍路」を踊ったのだが
楽屋入りしてみると、役者としての大先輩であり友人でもある児玉泰次さんが居るではないか
あまりに突然のハプニングにびっくりして抱き付いて話を聞いた所、藤三会の会主である藤間藤三郎さんとは俳優座養成所の同期だったとの事
僕は以前、日生劇場で演じた「走れメロス」で二回、共演して、それからの付き合いだ
三年程前だったか「義経千本桜」の渡海屋銀平実は新中納言知盛を横浜で演じた時も突如、観に来てくれたりと、サプライズが得意な茶目っ気たっぷりの素敵で可愛い叔父貴だ
そんな大好きな人が観に来てくれたら、余計に気合いも入ったと云う物だ
いや、演し物的に「遍路」は世の儚さと人生行脚の道標を描いている作品だから、肩に力が入り過ぎてはいけないのだがね
それでも、何度も踊っているので、何かを掴み掛けられた気がして、無事に終わらせる事が出来た
気分良く楽屋を出られた後は、さっきまで坂東亀寿さん、福山潤さん、川本裕之さんや芳村辰三郎さん、角川書店の妹分達と合流して心地良く杯を上げていたよ
いや、仕事、プライヴェート共に素敵な日を過ごさせて貰った
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204
人生と云う物は百点満点のテストに例えたら三十点位が平均点
五十点ですらない
野球に例えるなら、バッターと云うのは三割超えて打てれば大打者
つまりは、百点満点の三十点ちょっとで花丸付きの大合格
ただし、打席に立つ時は「全て打ってやろう」と思っている
百点満点、十割を狙っている
それでも、結果は三割超えで上々
人生も同じ
自分の思い通りに行く部分は三割過ぎれば大成功
逆に言えば、思い通りに行かない事が七割位有っても当然なんだ
当たり前なんだよ
それ位の失敗は
二割五分だって合格だ
人生を百点満点で駆け抜ける事が出来る人間は広いこの世の中でたった一人、自分が創り上げた架空の自分だけ
上は、先月だったか、先々月だったかに読んだ、吉村達也さんの書かれた小説「勉教」の中に出て来た言葉
それを略、引用させて貰った物だ
まさにその通りだな
己の努力が三十点、三割でいいなんて甘っちょろい事ではない
そんなんじゃ、最初からバッターボックスにも入れない
勝負もしちゃ貰えない
お話にもならない
だが、自分の中で、その二十五点、三十点を獲得する事が、人間が自力で空を飛ぶのと同じ位に至難の技である
だからこそ、一点でも高い点を取ろうと、叶わぬと知りながらも死に物狂いで足掻くのだ
昨日は自分の稽古と仕事の前に国立劇場小劇場に我が弟子や後輩達の勉強会、稚魚の会の昼の部を覗きに行って来た
皆、懸命に勤めていたよ
そして、今日は僕はその隣の国立劇場大劇場で催される藤三会にて清元「遍路」を踊る
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201
明日、熊本県立劇場演劇ホールで催される藤豊会の舞台稽古がさっき終わった
僕は会主の藤間富士齋さん、豊大郎さん母娘と常磐津「積恋雪関扉」の関兵衛実は大伴黒主と長唄「春霞賤機帯」の舟長の二役で共演する
台風十一号のゆっくりな軌道が全く読めず、結局は予定よりも随分と早い飛行機に乗ったのだけれども、かなり機内の待機で余計な時間が取られた
だが、行動を早めた御陰で何とか問題無く熊本県に入れたのだから、結果的には良かった
そして、着いた時には雨も降ってなきゃ風も吹き荒んでいずに穏やかで、全く拍子抜け
何なら、空の隙間からは晴れ間がちょっと見えていた位だったからね
天候と云うのは分からない物だ
先月の金沢での公演と言い、この夏の飛行機移動仕事は悉く台風に引っ掻き回されている
肝心の仕事の方は、今日の舞台稽古で或る程度の感覚を掴めて改善点は分かったので、明日の本番にそこをきっちりと修正して二役の対比を出して勤めたいと思う
また、我が弟子である尾上みどりと松男も長唄「連獅子」の間狂言に出演するので、彼等にもリラックスしながらもしっかりと舞台を楽しんで貰いたい物だ
藤豊会を無事に終わらせ東京に帰れたら、今度は来週十六日に国立劇場大劇場にて催される藤間藤三郎さんの舞踊会、藤三会で清元「遍路」を踊る
その前にはもう一人の弟子、尾上松悟が出演する稚魚の会なる勉強会の「菅原伝授手習鑑」の舞台稽古と本番にも立ち会う予定だ
さて、折角、熊本県に入ったんだから、今晩は馬刺か天草大王か肥後牛でも食べに行ければいいかな
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197
昨日、石川県立音楽堂邦楽ホールでの仕事、無事に終了
同じイヴェントで御一緒させて頂いた茂山千五郎先生を始め御一門の方の楽屋に御挨拶に行った時に千五郎先生に「先月の歌舞伎での芝居を観た」と言って頂き驚愕
ひたすら恐縮しながらも、有難い御言葉だった
また、古今亭志ん輔師匠の楽屋に御挨拶に伺った時には、通う耳鼻咽喉科が同じであるとの話
意気投合っぽい雰囲気になった
志ん輔師匠はどうやら結構、酒飲みの御様子
一献、何処かで酒を酌み交わしてみたい物だね
二組の演目、狂言「福の神」、落語「黄金餅」をモニター越しに自分の拵えをしながらしっかりと堪能させて頂いた
我々の演し物、清元「三社祭」はスタッフ皆さんの協力も有り、コンビの息も今までに無かった「自分が求めていたのはこれなんだよ」と体内からエネルギーが八方に放出する位、本当に久し振りに楽しく気持ちいい仕事が出来たと思う
〈ルパン三世と銭形のとっつぁん〉、〈コージとヒロシ〉、〈ケンシロウとレイ〉、〈ノッポさんとゴンタ君〉、〈美幸と夏美〉、そう云う互いに何も言わなくても分かり合えるコンビネーションを楽しんで身体に電流が走った心持ちだった
卍解は生涯しないだろうが、久保帯人さんの表現する始解に似た感覚を初めて味わった気分だったよ
斬魂刀を持ってなくても心技体が揃えば力って自然に出る物なんだな
観ていた方々には恐らく喜んで貰えただろう
僕にしては珍しくその自信が有る
だが、踊っていた二人の方がもっと嬉しく、楽しかったのではないか
表現者には在るまじき事ながら、そう確信している
終演後、小松空港に着いてからは、離陸まで金沢百万石ビール・ダークエールと氷結果汁を飲みながら時間潰し
離陸してからは、天気予報に反して快晴だった金沢とは大違いの、東京の荒れ模様の天気だったらしく羽田空港上空で旋回しながら四十分以上待機、着陸してからも飛行機が降り口まで辿り着けず、滑走路で二十分以上待機
結局、一時間以上もタイムロスして羽田空港を出る破目に
しかし、着陸してみると、確かに酷い雨風雷
逆に良く着陸出来た物だ、とびっくりたまげた
明日も来月十日、熊本県立劇場演劇ホールで催される藤豊会にて演じる「積恋雪関扉」の関兵衛実は大伴黒主の稽古
明後日は再来月の歌舞伎座での歌舞伎公演、昼の部で演じる「鬼一法眼三略巻」の奴智恵内実は吉岡鬼三太の宣伝写真を撮る予定
そして、木曜日には坂東亀寿さんと清元雄二朗さんと三人で金沢の打ち上げをする
血と臓物を全て吐き出す程に杯を上げたいと思っている
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196
今朝、東京を飛行機で経って石川県金沢市に着き、さっき、石川県立音楽堂邦楽ホールにて明日に踊る清元「三社祭」の舞台稽古を終わらせた
柄にも無く仕事でワクワクしている
こんなに舞台が楽しいのは此処数年、此処十数年、此処数十年
いや、ひょっとしたら自分の初御目見得以来、初めての事かも知れない
自分が楽しみな舞台と云うのは、本当に自分が楽しくなるんだな
そんな事を知るのに随分と長い時間が掛かった物だ
そして、そんな思いで立てる舞台と云うのは一生の内に数回、きっと片手で数えられる回数程度しか経験出来ないんだろう
「全ての毎日、全ての仕事が楽しい」なんて言い切れる程、俺は偽善者ではない
先月の歌舞伎座での歌舞伎公演の千穐楽を迎えてからほぼ、仕事の面はこの舞台の事だけを目標に据えて来た
明日はいよいよ本番
金沢は魚が美味いからな
友達の三味線弾き、清元雄二朗さんと家のスタッフ達とこれから寿司でも食べて、アルコールと薬を控えめにして明日を万全の体調で迎えられる様に、今晩は日が変わらぬ内に早めに寝てしまおう
人生で残り何回踊れるか分からないこの踊りを、俺史上で一番出来良く作り上げる為に
舞台とメンタルは整った
後は俺の身体だけだ
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193
今、僕がプライヴェートで非常に興味をそそられているのが通称“津山三十人殺し”等と呼ばれている事件
もう七十年以上も昔の出来事だが、とても心の襞を掻き乱される
此処数ヶ月はその関連の本もノンフィクション、フィクション、それから漫画と問わず購入、読み漁っている
司法省刑事局「津山事件報告書」のコピー
筑波昭氏の「津山三十人殺し―村の秀才青年はなぜ凶行に及んだか」
石川清氏の「津山三十人殺し―最後の真相」、「津山三十人殺し―七十六年目の真実:空前絶後の惨劇と抹殺された記録」
松本清張氏の「ミステリーの系譜」から「闇に駆ける猟銃」
西村望氏の「丑三つの村」
岩井志麻子氏の「夜啼きの森」
横溝正史氏の「八つ墓村」も数十年振りに再読した
後は、押切蓮介氏の「ツバキ」
ざっと挙げて、こんな所か
個人個人で色々な解釈があり、それについついのめり込んでしまう
読み終わった本は大体、飲んだ席でこの事件の話をしたら僕と同様に興味を持ってくれた坂東亀寿さんに貸出中
或る一つの集落の中で村八分の嫌われ者にされ、安全装置であった頼みの綱の姉とも離れ、虐げられ続け体内に孤独を飼い、世の中の全てを敵だと受け取ったであろう犯人が、その犯行に至った心理の深淵の、そのまた奥底を覗いてみたい思いで今、気が狂いそうだ
彼は全てを終えて自分の胸を撃ち抜く瞬間、達成感を得て笑いながら逝ったのだろうか
そうだ、恨み、憎しみ、怒りこそが肉体に最後の疾走と咆哮をさせる絶大なるエネルギーを与える
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187
昨日はお台場のビッグトップにダイハツ「オーヴォ」を観に行って来た
東京の千穐楽前日の夜の部
やっと時間と切符が取れて間に合ったのは至極幸運だった
シルク・ドゥ・ソレイユの公演は割と子供の頃から観劇していて、日本では「アレグリア」、「サルティンバンコ」、「キダム」、「ドラリオン」、「ゼッド」、「クーザ」
それから、ラス・ヴェガスで「オー」、「カー」、「ミスティア」
こうやって数えてみると、結構な数の演目を観ているな
その独特な世界観にはいつも興味を引かれる
今回の「オーヴォ」は昆虫の世界を描いた作品
相変わらずの強烈に美しく、尚且つ毒々しい、或る意味では奇形的な極彩色の世界感にボサ・ノヴァ風のトロピカルな音楽
そこを舞台に世界中から集められた色々な技のスペシャリスト達が壮絶な創造力と表現力、そして体力を駆使したパフォーマンスを披露
僕的にインパクトが強かったのは、キウイとトウモロコシを蹴りまくる四人の女性達と、ロープ一本で宙に吊られていく男女のカップル
続いて、ディアボロ
人間がどう操っているのか全く分からない毛虫
白い女性蜘蛛の身体の柔らかさ、黒い男性蜘蛛の綱渡りと言った所か
狂言回しのトリオにも笑わせて貰った
勿論、パフォーマーの皆さんはプロ中のプロだからミスをする事なんて殆んど無いのは当たり前だろうが、それでも観てるこちらは心臓に悪い
手に汗を握りながら、声を漏らしつつ観てしまったよ
圧巻のパフォーマンス、千穐楽直前ギリギリになってしまったけども、観られて本当に良かった
そして、普段は滅多にお台場なんかに行く用の無い僕としては、噂に聞いていたリアルスケールのガンダムも初めて見上げてから、アルコールもたらふく飲んで帰って来た
日が変わった今日は、仕事の後に鎌倉に一人で墓参りをして来た
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祖父の命日
花四天の皆が歌舞伎座賞なる物を獲得出来た上に、誰一人として怪我人を出さずに、欠ける事無く千穐楽を迎えられた
藤間家の末席に仮の宿りを借りている不肖の者としても、せめては最低限度の罪滅ぼしにはなったか
そして、役目も一つは終わった
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185
昨日から「倭仮名在原系図」の公演の後に来月の二十日、藤間勘右衞門として石川県は金沢市の石川県立音楽堂邦楽ホール「寺と神社・日本芸能の源流」と云う催しで坂東亀寿さんと一日だけ踊る清元「三社祭」の稽古が始まった
我が、家元藤間流の手で踊るのは久し振りだが、約二時間、浴衣が絞れる程に汗をかいて身体を動かした
実に心地良かった
そして、まだ稽古の段階とは言え、亀寿さんと踊るのが何と楽しい事
こんな気分は滅多に味わえないだろう
今までの自分史上、最強の「三社祭」を彼と作り上げて体現出来る様に身体を苛め抜いて行こう
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