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丁度、一週間後の日曜日
国立劇場小劇場に於いて催される勘左の会で、長唄「棒しばり」を演じる
会主の藤間勘左さんは祖父の次男で父の弟
つまりは、僕の叔父に当たる舞踊家である
配役は勘左さんの太郎冠者、藤間豊之助先生の大名某、僕が次郎冠者
何故、先月に名古屋の歌舞伎興行で勤めたばかりの「棒しばり」と云う演目にしたのか、訝しく疑問に思う人も多かろう
これは、僕が別に「他の演目を浚い直すのが面倒臭い」とか「新たな踊りを覚えるのが億劫だ」等と云う在るまじきさもしい心根から発した事情では全く無く、少々深い話が有るので読んで貰いたい
勘左さんが若かりし頃、今回が第六回目なのだが、記念すべき第一回目、初めての勘左の会で演じられたのが「棒しばり」の次郎冠者
その時に、まだ生きていた父が太郎冠者を勤めていたのだ
だから今回、一緒に踊る事が決まった時に「父とも演っている作品だし、久々の勘左さんの次郎冠者に、僕の太郎冠者で出してみるのは如何だろうか」と提案した
ところが、勘左さんはちょっと前に持病の腰の手術をしたばかり、「棒に両手を縛られる負担には自信が持てない」と言う
しかし、僕の提案の“一緒に「棒しばり」”には乗り気になってくれた
そう云う訳で大事を取り配役を入れ替えて、勘左さんが後ろ手に、僕が約一ヶ月振りに棒に括られる事になった次第
今年は十数年振りに十二月の歌舞伎興行に出演していないので、十二月に他の仕事や稽古が色々有るにしても、お客さんの前で演じるのはその十一月三十日の「棒しばり」が年最後
時間と懐に余裕が有ったら是非、観に来て頂ければ幸いだ
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とうとう、書類送検されちゃったらしいけど
押切蓮介さんの責任じゃない様な気がするんだよな
物を築いて表現しようと思う人間達は、良きにしろ悪しきにしろ、商売としてそれを前面に押し出そうとする側と軋轢、ないし、意見の相違が生まれるのは当たり前の事なんだ
実際、そう云う実の有るディスカッションが無ければ、価値有る商品が出来上がって行かないのもまた真理だしね
ジャンルは違えど、発信した物で、自分達で作り上げた作品で、対岸の人間達に喜んで貰おうと努力するのはどの稼業でも当たり前だから
可哀想に
「ツバキ」、「でろでろ」、「ハイスコアガール」、「焔の眼」、「ミスミソウ」「ゆうやみ特攻隊」等々
僕は彼の熱烈なファンである事に全く変わりは無い
願わくば、余計な心労に悩まされずに、創作活動だけに集中出来る環境に早く戻れる様に
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今日は芝居終了後に一人飲みな気分
先ずは復活した神田の藪に行って来た
予想通り、大変な行列だったが、僕は一人だった所をカウンターが偶然に一席だけ空いたので、幸運にもあまり待たずに入る事が出来た
以前のお店の風情を残しつつ、新しく綺麗になった内装に感慨
何たって、幼い頃から祖父や父母に連れて来て貰ってた、懐かしき我が思い出のお店の一つだからね
個人的にはレジの雰囲気が以前と変わってなかったのが何だか嬉しかった
女将さんや番頭さん、昔からのスタッフのお姉さん達も僕の顔を覚えててくれて、声を掛けてくれたのには驚いた
そして、柄にも無くグッと来ちゃったね
特製のねりみそとかまぼこ、そばずし、それからお目当てのせいろうそばでしっかり飲んだ
そこには昔、蕎麦を食べ始めた頃から変わらない、シンプルで、だからこそ瑞々しくて美味い、口に慣れてる味が在った
でも、写メを撮ってアップする様な品の無い不粋な事はしないよ
フードポルノなんて下卑た行儀悪い真似は大っ嫌いだからね
美味い物は「美味い」
その一言以外に言葉は浮かばない
どんなに飾り立てた言葉も、本当に美味い本物の前では、それの価値を落とす陳腐な雑音でしかない
うん、幸福で素敵な一時を堪能したな
尾上松緑家代々の責務として近々、娘と息子は神田の藪に連れて行かねば、あの子等の曾祖父、祖父にまた顔向けが出来ない事が一つ増えてしまうな
さて、機嫌が直ってテンションも上がって来た所で、今はタクシーに乗ってTSUTAYAに借りてたCDを返しながら、馴染みの西麻布の日本酒バーに向かっている所
此処もまたつまみがどれも絶品なんだよ
土曜日に寄った時に「月曜日はあらしさんの為にカワハギを仕入れときますよ」とか言われちゃったからな
顔出して、カワハギの刺身をつまみに日本酒を煽らにゃなるまい
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昨日、歌舞伎座に於いての十一月の歌舞伎公演が初日を迎えた
今月は初世松本白鸚の叔父さんの追善の興行である
僕は義太夫「寿式三番叟」の三番叟、「一谷嫩軍記」の堤軍次、「御存鈴ヶ森」の幡随院長兵衛の三役を演じている
三番叟は去年の九月末に素踊りで藤間勘十郎さんと踊った役
今回は勿論、衣裳付けで市川染五郎さんと踊る
市川團蔵さんが舞台稽古で言ってくれて、僕も全くそう思うのだが、長唄「舌出し三番叟」等とはまた違い格調が要る踊りなので、派手な振りだからと云ってあまりバタバタと飛んだり跳ねたりはしゃいだりせずに、余裕を持って冷静に自分自身も楽しむつもりで挑みたい
翁の片岡我當の小父さん、千歳で坂東亀寿さん、中村歌昇さん、中村米吉さんも登場する豪華ヴァージョンの奴だ
そう言えば歌昇さん、知っていたけれども遅ればせながら御婚約御目出度う
先に結婚と云う物を体験した先輩として、家庭を巧く回して行くコツは、「ひたすらの我慢」、そして、「主導権を絶対に相手に渡さずに手綱を断じて緩めない事だ」との助言だけは先にしておきたい
さて、軍次を勤めるのは何年振りだろうか
熊谷次郎直実の忠臣と解釈している
出番は少ないが好きな役
前回も松本幸四郎の叔父さんの熊谷で、その時に普段から仲良く可愛がって下さっている中村又五郎の兄さんに教えて貰った
また、その又五郎の兄さんも紫綬褒章授章、重ねて心からお祝いを申し上げる
親子揃っての慶事、喜ばしい限りだ
話を戻そう
僕は熊谷を本役で演じた事が無い
ただ、代役として引き受けた事は有るので、後ろに控えていても以前とは全く違う感覚で細かい部分にも気が付けるのではないか
この機にきっちりと隅から隅まで勉強したいと思っている
そして、難役、幡随院
これは初役
幸四郎の叔父さんに教えて頂いているのだが、兎に角、難しい
何がって、“何もしない”と云う事の難儀さ
高麗屋の叔父さんは事細かに教えて下さるのだけれども、その仰っしゃる「落ち着いて」、「力むな」、「動きを少なく」、「どっしりと」
“静の歌舞伎”と云うのが、去年も叔父さんに教わった「新薄雪物語」の幸崎伊賀守に相通じながら、また別の手強さが有る
やっぱり、今まで演じて来たのがアクティヴな役の方が圧倒的に多いから“ドンと構える”と云う事に間が持たず、恐怖さえ感じる事が有る
所詮、根っから大物じゃないからね、僕は
元来、丸顔で貫目の無い、安く陳腐なガラクタなので、稽古中から“江戸で一目も二目も置かれる大親分”の風情が全く出ずに四苦八苦
あまり、考え込み過ぎても逆に軽くなってしまうのかも知れないし、いい意味での慣れと吹っ切れが必要なのかも知れないな
叔父さんが言ってくれた「長兵衛を楽しく、気持ち良く演れる様になれ」と云う境地に辿り着くのはいつの日だろうか
いや、そもそも、辿り着けるのだろうか
この苦しみをエンジョイ出来る様にならないと、長兵衛の様な強敵にはなかなか敵わないんだろうね
ちなみに昨日の終演後、長兵衛を先に演じている先輩である倅には「何か直す所やダメは有るか」とお伺いを立てた所、「大丈夫、結構」と云う有難い御言葉を頂いた
最後に
僭越ながら、染五郎さん、初役の初日の歌舞伎十八番の内「勧進帳」の武蔵坊弁慶
稽古中からちょくちょく様子は伺っていたが、当然ながら、昨日も裏から拝見していた
とても素敵だったよ
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明日は国立劇場大劇場で本公演「双蝶々曲輪日記」の後に、第十四回伝統歌舞伎保存会研修発表会が行われる
演目もそのまま「双蝶々曲輪日記」
中村松江さんが南与兵衛後に南方十字兵衛を演じる
僕はまだ名古屋に於いての歌舞伎公演が続いているので、観に行けない事が残念だ
松本幸四郎の叔父さんや中村魁春兄さん、中村東蔵兄さん、中村芝雀兄さん達の教えや市川染五郎さん達のアドヴァイスを受けて、いい舞台を作り上げる事を名古屋の地から切に願っている
MyBrother、松江さん、ファイト
また、我が親戚である大谷廣太郎さん
そして、大谷廣松さんの兄弟もそれぞれ、濡髪長五郎、南与兵衛女房お早と大役を演じるとの事
今後の彼等自身の為にエンジンを掛けて、先輩方の教えを守ってただ、ひたすら大いに勉強、精進して貰いたい物だ
皆さんも本公演は勿論の事、時間と懐に多少の余裕が有れば
いや、無かったとしても、第十四回伝統歌舞伎保存会研修発表会の方にも是非、応援に行ってあげて頂きたいと、僭越ながら僕からも伏してお願い申し上げる
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そうか、とうとう今日から神田の藪が営業再開か
素晴らしい
待っていたよ
有難い事だ
東京に帰ったら、時間が有る時に行くとしよう
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今月の名古屋での歌舞伎公演も早い物で、今日で中日を迎えた
僕は先ず、昼の部で長唄「棒しばり」の次郎冠者を演じている
まさにこの名古屋で二十年近く前、坂東三津五郎兄さんの次郎冠者で太郎冠者を勤めて以来、この役は何回目かな
初めては市川猿之助さんの太郎冠者とのコンビで浅草公会堂
その後、中村翫雀兄さん、片岡愛之助さんとも演って、今回、尾上菊之助さんとのコンビは二回目
皆さんも御存知の通り、菊之助さんとは他の芝居でも色々と組んで演じる事が多いので、河村恭之助さんと澤山一弥さんのグダグダの学芸会とは遥かに比べ物にならない息の合った「棒しばり」をお目に掛けられていると思うがね
続いては「人情噺文七元結」の鳶頭伊兵衛
これもまた、数年前に新橋演舞場にて尾上菊五郎兄さんの左官長兵衛で勤めているが、最後の幕を閉めに出て来る善人なので出番は短いながらも気の利いた素敵な役だ
そして、最後は夜の部の「伊勢音頭恋寝刃」の料理人喜助を菊之助さんの福岡貢で演じる
この役は初役
父も演ってはいるのだが、残念ながら僕は全く記憶に無い
僕の中では市村羽左衛門の小父さん、中村富十郎の小父さんのイメージが非常に強い
菊五郎兄さんに助言を受けながら主役の菊之助さんの演り易い様に、それでいて橘屋の小父さんや天王寺屋の小父さんの様なすっきりと爽やかな料理人と云うのが目指す理想だ
今月は毎週末、毎週末、台風に妨害はされているけれど、久し振りに東京以外での歌舞伎公演だし、客席が盛り上がってくれている手応えも舞台の上に伝わって来ているので、千穐楽まで体調に気を付けながら自分の中の課題を消化しつつ、お客さんに喜んで貰える芝居を作って行きたい
また、話は変わるが、この名古屋に来てから、稽古の終了後や公演後に毎日必ず娘に電話を入れるのが日課になっている
息子の方はまだ、携帯電話を持っていないからね
毎日、ちょっとでも子供達の声を聞く
何と云う安らぎ
さっき、起きた実に不愉快な出来事ですら何処ぞに吹き飛ぶ
何故、今までの旅先からこれをして来なかったのだろう
猛烈に反省
これは習慣にしよう
東京でも欠かさずする事にしよう
でも、毎日、毎日だと「ウザい、しつこい、面倒臭い親父」とか思われちゃうのかな
それは嫌だな
寂しいな
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234
さっきまで、坂東亀寿さんと芳村辰三郎さんと飲んでいて、ホテルに帰って来たんだけど
飲んでる最中に右手の人差し指に嵌めてる真鍮のリングが何度か外れて落ちた
で、2人から「指輪のサイズが落ちるって事は、よっぼど身体が痩せたって事」と言われて、笑い話をしてたんだが
いざ、ホテルに帰って来てみたら、何度か落とした筈の右手人差し指のリングじゃなくて、左手小指に嵌めてたライオンのピンキーリングをいつの間にか落としたみたいだ
今晩、飲んでいた店にも、乗ったタクシーにも問い合わせてみたけど、当たりは無し
かなり長い間、愛用していた指輪だから、自分のミスで失くした事にはとてもショックが有るけど
その前に、体重はあまり変化していないのに、指が意味も分からずに細くなっている自分の身体に驚愕
ちなみに、勝手に落ちたピンキーリングのサイズは5号
と云う事は、僕の左手小指の太さは5号以下って事だよな
紛失の落ち込みよりも、そっちの現実に驚愕
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230
朝の一発目、東京の家の事務所からの連絡で目が覚めた
その直後に清元雄二朗さんからも連絡を貰った
今日の早朝、いや、昨晩か
清元志佐雄太夫さんが亡くなったそうだ
清元の浄瑠璃方さんでも清元清寿太夫さん、清元美寿太夫さんと並んで、大変にお世話になった方だ
それだけではない、日本舞踊でも我が藤間流の藤間勘慶朗と云う名前も持っていらして、祖父の代からの譜代の師範でもあられ、父の友人でもあった
そう云う関係から、芝居や日本舞踊、邦楽ばかりではなく、公私の垣根を越えて可愛がって頂いて、祖父や父がどう演じ、どう踊っていたのか等のアドヴァイスも度々してくれた
舞台の上でも、降りてからも思い出は尽きない
これから御葬儀がどう云う予定になるかはまだ聞いていないけれど、僕は昨日、名古屋の日本特殊陶業市民会館ヴィレッジホールにて今月の名古屋の歌舞伎公演、錦秋顔見世が初日を迎えたばかりなので多分、最後に顔を見に伺う事が出来ない
残念で悔しい
心残りだ
先月も何度となく楽屋でお目に掛かって色々と話をしたが、思えば今年七月の金沢、石川県立音楽堂邦楽ホール「寺と神社・日本芸能の源流」で坂東亀寿さんと踊った清元「三社祭」が最後に一緒に上がった舞台になってしまった
まだまだ沢山、一緒に演らせて貰いたかったのに
嗚呼、まただ
また、生きている必要も価値も無い奴等ばかりがのうのうと生き長らえて、僕にとって本当に必要な、大事な人達ばかりが逝ってしまう
名古屋は心配した台風の影響も少なく、台風一過で既に今日は快晴
なのに、僕の心は晴れない
でも、絶対にそれは舞台の上に出してはならない
断じて出さない
そんな事をしたら、志佐雄太夫さんにも顔向けが出来ないから
名古屋からただひたすら、御冥福を念じる
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227
今日、名古屋にて来月の歌舞伎公演の為のお練りが有る
いや、有ると云うか今、この時間帯はまさに真っ最中なのではないだろうか
残念ながら、僕はそのお練りには参加していない
参加出来なかった
これは決して僕の我儘からだった訳ではない
今、僕は病院から日記を書いている
勿論、電源OKの部屋からだ
実は、御園座の制作サイドから、全てが決まっていざ、お練りをすると云う企画の正式な要請と諸々の事情の説明を聞いたのがギリギリで、その時には既に今日の僕の病院が決まっていて、どうしても動かす事が出来ず、日を変える目処が立たなかったのだ
僕なんかを待ってくれている寄特な方は探して見付ける方が難しい話だが、それでももし、こんな僕なんかでもお練りに連ならせて貰う事を期待してくれていた方が一人でも居らしたんだとしたら、色々な擦れ違いが有って参加出来ずに大変済まない
僕もそう云う人々と触れ合い、コミュニケーションを取る貴重なタイミングを逸してしまって、非常に残念に思っている
今日のお練りには顔は出せなかったけれども、明後日には名古屋入りをして、稽古が始まり、初日にはしっかりとお客さんに喜んで貰える公演をするので、そちらに期待して頂きたい
僕如きが居なくても、今頃はきっと十分に盛り上がっているとは思うが、今日、そのお練りに行っている人々には心から楽しんで欲しいと切に思う
そして、尾上菊之助さん、坂東亀三郎さん、坂東亀寿さん、中村梅枝さん、中村萬太郎さん、尾上右近さんには、情報の交錯と行き違いが込みで一緒に動けなくなってしまい申し訳無かった
明々後日には合流出来るので、また宜しくお願い致したい
その時には詫びの代わりに台湾ラーメンか手羽先でも奢らせて貰うよ
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