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「演じる」事を生業としている以上
フィクションにはフィクションの難しさ
ノンフィクションにはノンフィクションの難しさがそれぞれ有る
如何に実在した人物を演じているとは云えども、舞台の上では全てが「史実と一挙手一投足、寸分も違っていない」等との御託宣は、どう考えても現実問題として不可能なのだ
それを言われ出したら“歴史を題材とした土台にフィクションを積み上げて、舞台上で説得力を持たせて表現する”事が多々有る我々の商売は成立しない
殊に、義太夫が入らない、化粧が濃くない、七五調ではない、“リアルに極々近い”演目はそのフィクションの部分とノンフィクションの部分の擦り合わせの繋ぎ目が不自然に思われない様に考える、演じる事が大前提の課題だ
歴史が現代に近く、歌舞伎以外のイメージで世界中、日本中に知れ渡っている人物で有れば、それは尚更である
今月、歌舞伎座の四月大歌舞伎の「西郷と勝」で、僕が演じている西郷吉之助もその最たる物の類いで有ろう
フィクションとノンフィクションの境を緩やかに探り、さも“舞台の上で生きている”様に命を吹き込む作業に毎日、苦心しながら勤めている
西郷隆盛と云う人物は確かに実在した英雄の一人ではあるが、それぞれ皆さん個人個人の中に西郷隆盛のイメージは強く存在するだろうとひしひしと感じている
であるから、観て下さるお客さんには、それとはまた気を変えて“フィクションの舞台上での西郷吉之助”だと、大らかな気持ちで構えて頂ければ有難いと思う
自分としても、演るならば是非、真山先生の台本通りの「江戸城総攻」をしたかった
もう一役、「裏表先代萩」の倉橋弥十郎は、それとは一転して歌舞伎らしい役
非常に演り易く、余分な気を回さずに役に入って行けている
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