歌舞伎役者
四代目尾上松緑
日本舞踊家
六世藤間勘右衞門
己が吐き出す為だけの
取るに足らぬ残日録
無断の転載や
スクリーンショットの盗用等
断じて願い下げる
310
相変わらず食べ散らかしの悪癖が抜けない子だ
しかも、その食べ方が意地汚いと来てる
いつもの事ながら、心根の行儀が悪い
呆れて言葉も出ない
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309
世界を見渡せば、遠くも近くも自分を棚に上げた愚痴に満ちているね
「世の中が自分にとって上手く回らない」
「この仕事は自分に合ってない」
「頑張る事に疲れた」
「頑張る理由が見付からない」
「何で自分だけ」
「無理する必要も無い」等々
中には、そんな手前勝手な我儘を言い訳にして事件を起こしてしまう馬鹿も居る
でも、愚痴って云うのは、真剣にこの世の中と死ぬか生きるかって闘いをしてる人間だけに許される特権
上に並べた様な事を吐けるって事は、それだけまだまだ余裕が有るって事だ
僕は人に「頑張れ」と云う言葉を使うのが嫌い
人は見えない所で何かしら頑張ってる筈だから
だが、そんな事ばっかり言ってる者は絶対に人生を“頑張っていない”筈
「世の中が自分にとって上手く回らない」
じゃ、上手く回らせる事が出来る様に死に物狂え
「この仕事は自分に合ってない」
そんなんでは、どんな仕事だって続きゃしない
「頑張る事に疲れた」
だったら、現状に文句を言うな
「頑張る理由が見付からない」
生きてる意味が無いって事だ
「何で自分だけ」
貴方だけじゃない、貴方はそんなに選ばれた格別な存在じゃない
「無理する必要も無い」
貴方を本当に必要としてる人間が居ないって意味だ
分かるよ
ボヤきたくなる気持ちは良く分かる
愚痴や文句や弱音は誰にだって出る
しかし、それを打開しようとする意思を持たない人間は、その手の発言をしちゃいけない
いや、敢えて言わせて貰えば、この世界と闘い続ける
そして、自分自身と闘い続ける魂を持たない人間は、生きる事にすら値しない
此処まで読んで「そう宣うお前は何様だ」と不快に思う人も沢山居るだろう
確かに僕は人間としても職業人としても、まだまだ未熟
下の下だ
未だに半人前
それでも、断言する
生物は須く、この世界に生み捨てられた瞬間から、全て被害者で在り加害者だ
僕は、この僕を生み捨てた世界と、そして己自身と闘い続ける魂は失くしてはいない
その魂だけが自分を研ぎ澄ませ進化させて行くのだから
友人でも他人でも、僕を“強い”と評する人間が居る
「皆が皆、貴方の様に強い訳じゃありません」との言葉を残して僕の下を去った人間も居た
とんだ大間違いだ
僕は弱い
弱いからこそ今日の僕じゃ駄目だ
明日の僕は今日の僕より、少しだけでも研ぎ澄まされて進化していなければならない
その魂を失ったら、その時こそ自ら命を絶つだろう
最早、生きている価値は無いからね
さっきも書いた様に僕は未完成の人間
生存中に完成出来るなんて不可能だ
それでも、未熟なりに自分を追い込み、不器用に這い擦りながら階段を一段ずつでも上がって行く努力はしているつもりだ
後は何も無い
愚痴や文句や弱音も勿論、人生には必要な安楽椅子
だとしても、その安楽椅子に座る前に一度考えてみて欲しい
頭を回転させろ
身体を動かせ
仕事をしろ
そして、己を愛せる様になる努力をしろ
残念ながら僕は自分を愛せない
未だに何よりも自分を一番憎んでいる
だから「いつか、本当に自分を愛せる様になりたい」と、いつも自分と闘いながら藻掻いている
さて、貴方は自分と闘えているか
そして、自分を愛せているか
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308
あまりに不愉快な事が続いて、自分が思ってる以上の屈辱感だったのかな
悔しくて昨晩は結局、全く一睡も出来なかった
今日もこれから、公演の前に稽古だって云うのに
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今月は歌舞伎座での歌舞伎公演、通し狂言「菅原伝授手習鑑」の夜の部の武部源蔵を勤めている
俗に「寺子屋」と呼ばれている場だ
この「菅原伝授手習鑑」では今まで、この源蔵の他に舎人松王丸、舎人梅王丸を演じて来た
お客さんの印象ではきっと、僕は一番、梅王丸のイメージが強いと思う
今までに何回も演って来たからね
でも、僕がこの通し狂言の中で一番好きなのは、実は源蔵なのだ
一言で言えば辛抱立役
発散出来るシーンは「寺子屋」の中で一つも無い
その“源蔵の孤独、苦悩、悲しみ、愛情が深ければ深い程に「寺子屋」と云う殺伐とした芝居が深みを帯びる”のだ
今回、改めて稽古を付けて貰った松本幸四郎の叔父さんにも、そう助言を頂いた
毎日、勤めていて本当に精神に来る役だ
胃がキリキリする
過呼吸になりそうな位だ
だが、僕はそれがいい
今月は「寺子屋」が終わるまで、食事をしない
とは言っても、此処数年は一日一食生活だから、然程の苦痛ではないが
水分も最低限度以上、あまり終演までは取る気にならない
身体を干して、神経を鋭角的に研ぎ澄ます
水滴が石を穿つ様に
そうしないと、この源蔵と云う役は練り上げられない
それでも、僕の源蔵はまだ、我慢が足りないと感じている
もっと、もっと、耐えられる筈
そうして自分を追い込んで行かないと、舞台の上で如何に他人の息子とは云え、初対面の子供の首を斬る事等、思い付く事も、出来る訳も無い
そして、自分が“ベストではないが、現時点でベターなチョイスはこれしか無い”と、腹を括った選択肢すら、松王丸の計算の内
掌の上で踊らされていた事実
“本当に最上の選択肢はそれしか無かったのか”
源蔵は幕が閉まった後もきっと、自分が死ぬ最後の瞬間まで、人間として、男として、夫として、してはならぬチョイスをしてしまった事を悩み、自己嫌悪する事だろう
如何に主君の為であったとしてもだ
忠義と人間性を秤に掛けて、狭間で忠義を選び、情を捨ててしまった緊張の糸
しかし、それでも情を捨て切れないジレンマ
“運命”、“宿命”等と云う言葉は陳腐で嫌いだけども、源蔵の“運命”であり“宿命”なのだろう
僕が彼に惚れるのは、彼の人生に、実に人間らしい“敗者の美学”を感じるからだ
菅丞相、藤原時平、松王丸、梅王丸、舎人桜丸と、「マーヴェル」シリーズ宜しく異能のスーパーヒーロー達が八面六臂で跋扈する物語の中で、彼だけが“ただの人間”として現状に藻掻き、足掻き、抗う
亡き父の源蔵も素晴らしかった
今回は父の源蔵をベースに、さっきも書いた様に高麗屋の叔父さんに稽古をして頂き、肉付けをして行っている
今日も歌舞伎座に見に来て、色々とアドヴァイスを下さった
有難く嬉しい事だ
尾上扇緑、尾上辰緑の二人の門弟からも先々代、先代の演り方をもう一度、確認した
まだ、中日前、日は有る
今後も千穐楽まで日々、源蔵と同じ様に、僕も悩みながら、少しずつでも進化出来る様に試行錯誤、工夫して行く
先々代、先代の贔屓の中、また、僕を嫌い、蛇蝎の如くに憎んでいるいずれも様には「お前の源蔵なんか観たくもない」と仰っしゃる方々が多々居られよう
その人々には大変に申し訳無いが、僕も源蔵を演じる役者の片隅に存在する事に目を瞑って頂ける様、地面に頭を擦り付けて、伏して乞い願い奉る次第だ
行く行くは通し狂言「菅原伝授手習鑑」、昼の部
即ち「筆法伝授」の場の源蔵もチャンスに恵まれる時が有るのならば、演じてみたいと思っている
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ピスタチオ、面白いね
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